by のっぽ
【3】事故〜その1

右に大きなカーブをまがると遠くに沈下橋が見えた。列車から見えていた沈下橋は、だいぶん、川からの高さがなかったので、それかもしれないということで、妻に写真をとるように指示した(この写真を妻はとっていないといっていたが、家に戻ってみたところ、写っていたのだ)。


沈下橋が見えてきたので撮影した写真。


上の写真の部分拡大。よく見ると橋脚の後ろ側に一人立ってるのが見える。
  これが、橋を事故直後に映した2枚のうちの1枚目。

沈下橋は木津川で数回経験している。たいてい橋脚の間隔が狭いだけでなく、橋の下に障害物がたまっていたりして危険があるものだ。そういう経験から、二人でいったん漕ぐのをやめて、橋の状況を見る必要があった。

この写真のプロパティは、15時36分だった。しかし、カメラは翌々日時点で、7分の誤差があり、実際には15時29分だったことになる。しかし、この写真には、何も橋に写っていない。

警察への通報は15時20分にあった、ということだった。
通報したのは橋をたまたまとおりがかった人だったとのこと。橋の下でフネもなく、何かしている男性を見て、異変に気づいたらしい。

すべてが終わってしまったあとで、最初に通報した(らしい)人は「あの男の人は、自分だけでなんとかしようと、10分ぐらい一人でがんばったみたいに見えたんだけど」と言っていた。

その瞬間を見ていた人は誰もいなかったという。だから、ここにレポートしていることは、すべて「可能性」と「想像」の域を出ない。
いくつかの事実は後にまとめるが、それとて「錯覚」かもしれない。


二枚目。上の1分後に撮った写真。

先ほどの1分後に撮られた写真では、川を覗き込んでいる人たちが写っている。私の位置から見えたのは、橋の上から覗き込んだり、川の中に何人かが入ってみているようすだった。

地元の人が遊んでいるのかな、という感じだった。釣り師なのか、それとも、橋の工事をしているのか、という風にも思えた。

もう少し近づくと、探し物をしているように見えた。そのときは橋の上から何かを落としてしまったのだろうと思っていた。まったく緊張感のないままに近づいたが、そこで、人が立っている位置から、橋脚に船が張り付いているのではないかと考えられ、より安全に思えた右岸に停泊した。

すると、ようやく橋脚のところに船がはりついているのが見えた。その場に居合わせていた人は、呆然としているという感じにも見えた。



写真にはブルーシートのようなものが見えるが、問題の橋脚はそのさらに一本右側のものだ。流れはその橋脚の左右にあり、時に右岸側の水流は強く、ここは歩いて横断することが不可能である。そのため、ぼやっとして張り付いたフネのところに行く方法が考えつかなかった。

船をナイフで切れ、ナイフは持ってないか、と対岸から叫んだ。
同乗の男と、通りがかりの男の二人は、よく理解できないそぶりをしていた。
私は大きなゼスチャーでカットのポーズをした。妻も大声を出した。

橋の上にいた女性が走っていき、家から、カマとナタを持ってきた。しかし、橋の下にいる通りがかりの男性は、何をどうしていいかわからないようすだった。

私も動転していて、カヤックで川を渡らなければいけないか、と言った。妻が、「橋をわたっていけば!」と言ったので、気が付き、しかし、妻には、ここに残るように、と指示をして、走って川の袂から橋にのり、自分に悪態をつきながら、すごく大回りをして、左岸側から水に入っていった。

水の抵抗は非常に強く、問題の橋脚のすぐ左やすぐ上流側ではなんとか立っていられるものの、バランスを崩すと非常に危険な状態になっていた。また、右側に出たならば確実にすぐ飛ばされる勢いだった。

フネは端の方が多少ゆらゆらと動いていたものの、がっちり挟まったように動かない。それほど深いわけではなく、普通の人の腰上ぐらいまでしかないのだが、水圧はすごい。不用意に動くと身体がもっていかれてしまう。刃物を持った状態ではさらに危険だ。

妻が救助を手伝おうとしてそばによってきたが、かえって足手まといになる可能性が高く、本人も立っているのがやっと、という状態だったので、「気をつけて岸に戻れ」と指示をした。今度は妻も従った。

カヤックは、完全にはりついていて、辛うじて、左のガンネルが水面の上に出ているだけで、とても、その隙間に人間が挟まれるような状態には見えていなかった。また、どの部分に入っているかもわからなかったが、折れ曲がったところに挟まれていそうだったためそこをダイレクトに切るのは危険そうに思われた。

下流側からは、人が見えているのか、同乗の男性は、下流側から近寄って、フネの中にいるものをつかもうとするが、すぐに水圧にまけて流されてしまうことを繰り返していた。彼が見えているものが見えていれば、私たちもそこから手を伸ばし、とにかく顔だけでも水面に出させる方法があったのかもしれあに。

私はナタを渡されたが、ナタはきりにくかった。鋭利なわけではないので全然切れなかった。船底をたたききろうとしたが、水の中では、力がよわまってしまい、全然ささらなかった。

横で救助を手伝っていた一般の方が、「こう(縦に)きるんですか?でも、ホネが入っているようなんですが」と聞くので、「こう(横に指で線を書いて見せて)切ってください。抵抗を逃がさないと、船がはがせない」と説明した。

一方、女性の体はどこにあるのかわからない。
腰が挟まっているという認識ができたのはずっと後のことなのだ。

とにかく、左のガンネル部分のチューブをきることにした。
ちょっとやそっとのことではなかなか切れない。この手のフネは非常に丈夫にできている。ビョヨヨンとバウンドするばかりでなかなか刺さってはくれない。

それでも最終的に、力任せに左のガンネルのチューブをタタききり、そして貫通させた。
空気が勢いよく抜けていき、少し橋脚と船の間に隙間ができた。男性は下流から、歩いて戻ってきたのが見えた。

改めて、橋脚の右側を覗き込むと、錦川の透き通った水を通して、わずか、10センチ程度のところに、人間の白い肌が見えた。

何かきちんとつかめるものはないか、と、手でさぐったら、彼女の救命胴衣がほとんどはがれてつかめてしまった。
前のロックをきちんと止めてなかった可能性がある。

この時は、もうこれが絡まっているのが原因かもしれないと、はがしにかかっていた。ここでもう一段冷静になれていれば、これと一緒に流れていけば、自分の力だけで引きづりだせたのかも、と後で思う。
だが、それであったとしても、一人ですでに意識のなさそうなその身体を支えられただろうか。

一緒に乗っていた男に「もう船から外れるとおもうから、しっかりつかんで、一緒に流れろよ」
と言った。聞こえたかどうかわからないが頷いたように見えた。しかし、しばらくして、また水圧に負けて、彼は下流に流されていった。

橋脚のところに女性の腕がまきついていた。位置的には左手ということになるだろう。とっさにしがみつき、そのまま意識不明になってしまったため、はずれなくなってしまったのかもしれない。この手をはずせば、と思ったが、力が入らない。

と、後ろに気配がした。救急隊員が来たのだ。オレンジ色の服(に見えたが胴衣だった)に身を包み、小さな浮き輪のようなフローティングをたくさん持っている人たちだ。

すぐ私の後ろにやってきた隊員が、「どうなってる?」というようなことを言うので、「なにやってんだ、ここに体があるんだようっ!」と叫び、救急隊員の手袋をした手をつかみ、橋脚にまきついていた彼女の腕をつかませた。

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