by のっぽ

【5】事故の考察

【私が目撃したこと】
ここで、実際に私が見たことを整理しておこう。
15時20〜25分ごろ、橋が見通せる地点にすでにいたはずだが、この時点で前方をパドルが上下動するようすは見えなかった。

15時30分ごろ橋の写真を撮影している。が、何も写っていない。
この後ずっと橋が見えていたが、人が行き来する以外大きな動きは無く、すでに橋脚にフネが沈してまきついている状況と考えられる。

15時40分ごろ、右岸に停泊。フネを切れと指示。対岸に渡って水に入る。
ガンネル部分をナタで切り空気を抜く。隙間から手を突っ込むことで、女性のPFDをほぼ剥ぎ取る。手が橋脚をつかんでいるのを発見し、救急隊員につかませる。

15時50分ごろ 女性が救助される。男性も、救助活動に疲れて、下流に流れているところを救急隊員によって救助される。


【事故はどうして起こったか?】
フネはパール金属工業のブランドである、キャプテンスタッグAirframe2 Kayakだ。
名前の通りインフレータブルカヤックでありながら、前後にフレームが入っている。長さ458センチ。

インフレータブルだが、ゴム製ではなく、ビニル製だ。二人艇で、コーミングがきちんとある。オプションで、スプレースカートなどもあるが装備されていなかったと思う。
キャプテンスタッグAirframe2 Kayak

パドルは、アルフェックの4分割プラスティックパドルだった。ポンプが救助中に流れていったが、通常備わっている足踏み式ではなく、腕で上下動させる、くたびれるタイプのモノだった。これはくたびれるので、一杯に空気が入っていなかった可能性もある。

現場の橋脚の間隔は7メートル以上はあり、50センチほどのコンクリートの丸柱には特に障害物もひっかかっておらず、木津川の沈下橋に比べれば、はるかにとおりやすく、どのようなカヤックでもきちんとコントロールできれば安全に通過できる、特に問題になりそうな地点ではなさそうだ。

腕がどのタイミングで橋脚に巻きついたかはまったくわからず、脱出するためにとにかく無我夢中でしがみついた可能性もなくはないが、新聞報道では、「衝突して沈」とあり、先に流されて橋脚に接触し、慌てて女性が橋脚にしがみつくか、押すかしようとしたことで、橋側に倒れる、直接の事故原因になったと考えられる。

通常では、その程度のことで沈はしないが、ここは時速15キロ(GPSで実測14キロ)と流れが速く、水圧も大きいため、どちらかに少し傾けば、あっという間に沈してしまう。

4メートル50ある船が、全体の1/3ぐらいのところで折れ曲がって張り付いているというのがちょっと不思議で、通常、止まろうとして止まれるような場所ではなさそうに見える。

ポーテージという選択肢はなかっただろうか、という意味では、無かったように思われる。そもそも経験が浅いため、ポーテージで危険個所を回避するというインプットがどこにもなかったようだ。

また、この船は22キロと、インフレータブルにしては非常に質量が重く、かつ長い船だったため、持ち運びにくいと想像できる。男性二人ならともかく、女性と歩きにくい河原を、かつきちんとした靴もなしに移動することはまったく考えられなかったと思う。

地形的にはどうだろうか。この橋の付近は、全体としてゆるやかに右にカーブをとっている。そのため、内側にあたるところの岸には木がかなり生えていて、歩きづらい地形になっている。

ポーテージは左岸がよいようだが、左岸につけるためには、かなり前に接岸しなくてはならない。流れが速くなってしまうからだ。場合によっては、乗り上げが充分でないと、一人が降りただけで、全くコントロールできないまま、船が橋に向かって流れてしまうことも考えられる。直前で接岸しやすいのは右岸で、私たちもそちらにつけてしまったが、これが救助活動に参加する遅れとはなった。

先にも書いたがトイレ等を考え、接岸を目的に岸によろうとしていたことも考えられる。現場は左岸側に家が迫っていて、右には何も民家がないように思われる。実際にも、左岸がわにスーパーがあるらしい。

左側は茂みになっているため、どこから堤防を登れるか不明であるし、ここまでは釣り橋や安全な橋が多く、危険を予感させるものが無かったかもしれない。そうしたことが不可解なコース取りをした原因なのではないかと考えられる。


【事前に何ができたか】
あらためて考えてみると、橋への張りつきの危険は、数年前ぽからさんのあわや大事故、というのを経験していたにもかかわらず、まったく抜け落ちていた。カーブや隠れ岩、そして堤からの笹竹によるトラップなどの意識が強かった。つまり、事故にあったのは彼らではなく私たちであった可能性もある。

それでもなお、アドバイスすべきだったのは次の点だろう。
1.男性が後ろで舵を取り、女性が前で、ひたすらマイペースで漕ぐこと。
2.距離を長く漕ぐといっていたので、引き漕ぎではなく、大胸筋を使って漕ぐこと。
3.トイレ休憩の場所を確認し、かつ、水分補給をきちんとさせること。
4.張りつきの怖さを教えること。
5.沈脱して寒くなったら、すぐに撤収するように言うこと。
6.女性に対して思いやりを持ち、女性のコンディションを最優先すること。

ただ、これらのアドバイスをその場でして、有効かどうかも、疑問だ。通常男女二人のカップルの場合、男性が船長役であり、その船長のプライドを傷つけることで、彼らのフネの指揮命令経統を狂わせることは決して得策ではない。また、装備が不足しているからといって、その場からの退場を要求することは全くできない。多くの場合釣り師たちは、もっと軽装備で危険な川に入っており、事実上キリがないからだ。


【彼らは何が不運だったか】
1.フネの選択。コーミングがあるため沈脱しにくい。一方からだが自由にならないので一生懸命漕ぐしかないフネ。営業妨害をする気はないが、なぜこのフネだったのだろう?
2.ヘルメットの装備。ヘルメットはあるに越したことがない装備だが、ヘルメットをつけていることで、彼らが川の危険さをきちんと学習していると錯覚してしまった。
3.そこに初心者しかいなかった。初心者2人だけではじめての川を下るべきものではない。しかし、妻は言うに及ばず、私でさえ、この川自体は二度目であり、しかも期間をだいぶおいてのものだったので、一般的なアドバイスさえためらわれたのだ。
4.購入時に基本的なアドバイスをもらえなかったこと。ヘルメットはあったのに、特に足回りがどうして軽装備だったのか、疑問がある。ネット通販で購入してしまったのかもしれない。


【近くを漕いでいたら救えたか?】
これも難しい。ぽからさんのキャンペット張り付き沈脱事件の時は、私は沈する瞬間を見ていない。振り返ったら、ひっくり返った艇があっただけである。悲鳴をあげる時間はない。前を漕いでいたとしても、ゴム船でブレーキはかけられない。2艇ともはりつく危険がある。

ただ、今回で言えば、立てる場所での事故なので、女性の位置がすぐに分かれば、支えることで顔を水面に出すなり、ポンプの管を使うなりして呼吸を確保し、助けを呼ぶことは出来たかも知れない。

防水携帯電話はウエストバッグに入っていたし、人員は救助するには充分ではないが、そうしたことはできたはずである。また笛を吹き鳴らして応援を呼ぶということも可能だったハズだ。

ただ、救急隊員が到着するのに30分近くかかっている。ハイポサーミアの危険がある。また、女性は、沈脱をするのをためらわれる服装だった。従って、脱艇という可能性を最初に消してしまったかもしれない。それは靴の問題であり、着衣の問題だった。

理論的には、5分ぐらいは人は呼吸を止めることができるから、理論上15分くらい水没していても助かる可能性がある。しかし、予期していない沈脱では、人はかなり慌ててしまうものだ。

これは私も経験があるが、沈脱して深くもぐってしまうと、どちらが上でどちらが下かわからなくなってしまう。これは複数の人が言っているが、法医学者も、三半規管が麻痺する症状について言及している。これにより、慌てて水を飲むことで事態を悪くすることがある。沈脱練習とはまったく違い、地面に足をつけない、つまり、水深3メートル以上のところでは何が起きるかわからない。

すると、最初の3分ぐらいが勝負となる。同乗の男性はいったん流されて、それから戻ってきたということなので、その時点で女性が慌てたことにより水を飲んで意識不明になっていたとしたら、軽症で救い出せる可能性は非常に低かったと考えられる。

ただ、自力で抜け出すには、この船はあまりにも足をふんばりにくく、かつ潰れやすかった。グモテックスだったならば、もっと強烈に張り付くかもしれないが、その前に、間違いなく船外に放り出されていただろうことを考えれば、不運が重なったとしかいいようがない。